大判例

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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1174号 判決 1999年8月26日

控訴人

全日本空輸株式会社

右代表者代表取締役

野村吉三郎

右訴訟代理人弁護士

玉越久義

被控訴人

有限会社信州総案

右代表者代表取締役

市村勝

右訴訟代理人弁護士

武田芳彦

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一九四二万五九一一円及びこれに対する平成九年一〇月一四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

(控訴人は、当審において請求を右のとおり減縮した。)

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

主文同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決二頁末行から三頁一行にかけての「債務者対抗要件」とあるのを「債務者に対する対抗要件」と、同五頁四行目の「債務」とあるのを「債権」と、各訂正し、当審における控訴人の主張を次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄第二(事案の概要)記載のとおり(略語を含む。)であるから、これを引用する。

(当審における控訴人の主張)

1  被控訴人が債権の準占有者に該当するかについて

民法四七八条は、大量取引社会において債務弁済を促し、取引の安全を図る趣旨で設けられた規定である。しかし、債務の弁済は、原則として、適法な債権者に対してのみ行うべきのものであり、民法四七八条は、その例外を定めた規定に過ぎない。したがって、その要件、効果の検討に際しても、本条の適用により適法な債権者のこうむる不利益と弁済者側の利益の比較考量により決するべきであり、弁済者側の観点のみを判断基準とすることはできない。原判決は、弁済者側の利益のみを考慮する結果、「自己ノ為メニスル意思」即ち、債権行使の意思のない者に対する弁済まで民法四七八条により保護を受けるという、全くバランス感覚のない結論を導くという誤りを侵している。

民法四七八条の準占有者概念の判断については、従来の判例通説に従い、民法二〇五条の準占有者を基準とし、「自己ノ為メニスル意思」を以て債権を所持していることが必須の要件となる。

債権譲渡をした譲渡人には、その後、債務者に対し債権譲渡の事実を否定するような行動を取るなど特別な事情がない限り、譲渡した債権につき自らのためにする意思を喪失しているといわざるを得ない。本件の場合、旅ランドは、平成九年四月二五日、本件債権につき、控訴人と債権譲渡契約を締結した時点で、本件債権を自らのため行使する意思を喪失しており、旅ランドは債権の準占有者には該当しない。

債権回収手段として債権譲渡が行なわれる場合、債務者に事前に相談連絡することなどは極めてまれであり、通常は、譲渡人と譲受人との債権譲渡契約及び譲渡人からの債権譲渡通知が行われるのみである。原判決のいうように、債務者において債権譲渡が真実有効に行なわれたという認識を現実に有するまでは、債務者に弁済を促すなどの行動を取ったり、債権譲渡の事実を否定するなどの自らが債権者であるとの行為を全く行わない債権譲渡人までもが無制限に債権の準占有者に該当するとすれば、債権回収手段としての債権譲渡はリスクが高すぎて選択できなくなる。債権譲渡制度は、債務者に対する対抗要件さえ具備すれば、債権譲受人が唯一適法な債権者として権利行使を行なえるとの信頼のもとに初めて有効に機能する。債権譲渡の場面で債権の準占有者に対する弁済が問題となるにしても、それは、債権譲渡を行いながら、なお、債権譲渡の事実を否定して債務者に弁済を促す譲渡人、あるいは、二重譲渡の劣後譲受人であるが先の対抗要件を否定するに足りる特別な事情がある場合等に限り、債権の準占有者性が問題となるに過ぎない。従来の判例においても右のような事案に限り債権の準占有者性が争われていたのである。

民法四七八条は、真実は債権者でない者に対する弁済を例外的に特に有効にする場合があることを規定し、取引の安全を図る趣旨で設けられたものである。したがって、この規定の解釈適用に当たっては、本来無効な弁済を有効にする場合の例外的規定であることを考慮の上、他の規定との調和のもとに解釈検討されなければならない。

債権譲渡においては、債務者に対する対抗要件を具備した譲受人こそが唯一適法な債権者であり、譲渡人に対する弁済は無効である。そしてその弁済の有効性は、債務者に対する対抗要件を具備した時点、即ち、債権譲渡通知が債務者に到達した時点で画一的に定められるものであり、債権譲渡通知が債務者の了知可能な状態に置かれさえすれば、到達があったものとみなされ、債務者の現実の了知を要しないことは、判例、通説である。債権譲渡通知が債務者の了知可能な状態になった後に、その債権譲渡通知を現実に了知することなく債権譲渡人に弁済した債務者が不利益を受けるのは当然の負担であり、このような場合にまで債務者を保護する必要性は何ら存しない。

2  被控訴人の善意無過失について

原判決は、被控訴人の従業員佐藤和子が、平成九年四月二八日に本件債務弁済のため、旅ランド宛の電信振込に必要な書類を八十二銀行中野西支店に提出したと認定する。しかし、同人の提出した振込受付書には、「この振込は、受付時間の関係で本日中にお受取人さまにご入金されない場合がございますのでご了承下さい」との押印がされているが、この押印は、午後二時三〇分以降位に受け付けた場合に窓口行員が押捺するものであり、佐藤和子が電信振込の為に同支店に赴いたのは、午後二時三〇分以降である。本件債権譲渡通知が被控訴人に送達されたのは同日正午までであるから、佐藤和子が電信振込の為に同支店に赴いたのが午後二時三〇分以降であれば、他の事情を検討するまでもなく、被控訴人が無過失とされる理由はない。

原判決は、被控訴人が小規模会社であること、被控訴人代表者が不在にしていたことなどを、被控訴人の善意無過失を基礎づける事実として挙げている。

しかし、代表者なり担当者が現実に債権譲渡通知を了知するまでには、会社規模が大きくなればなるほど時間を要するのが常識である。また、小規模会社であればこそ、事務職員であっても到達した書類が重要なものであるか否かの区別を容易に行うことができ、即座に機動的に代表者に連絡をとることが可能なのである。したがって、会社の規模の大小を問題とするのであれば、小規模会社であることは、過失を基礎づける要因になることはあっても、無過失を基礎づける要因になることはあり得ない。また、一般に内容証明郵便は、特に重要な通知に用いられるが、内容証明郵便が到達することは、一般の会社、特に小規模の会社では稀な事態である。したがって、内容証明郵便が到達すれば、極めて重要性の高い通知があったと認識、判断され、直ちに責任者に報告すべき注意義務があり、そのような連絡は、小規模会社の被控訴人では、極めて容易に行えたはずである。ところが、佐藤和子は、そのような注意義務を怠り、代表者に報告することなく、机上に本件債権譲渡通知を放置していた。被控訴人側には、このような不注意があり、このような注意義務違反を、被控訴人が小規模会社であることを理由に正当化することはできない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も控訴人の本件請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由欄第三(当裁判所の判断)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇頁一行目の「甲九、」とある次に「甲一五の1、2、」と付加する。

2  原判決一二頁七行目の「において」とある次に「速達」を付加し、同頁九行目の「正午ころ」とあるのを「午前一一時ころから正午ころまでの間に」と訂正する。

3  原判決一三頁三行目の末尾に、「佐藤は、被控訴人の事務所に隣接する被控訴人代表者が経営するコンビニエンスストアの店員も兼ね、外回りもしていた。」を付加する。

4  原判決一五頁一、二行目の「振込依頼書を同支店の窓口に提出し、他の用事をするためにいったん同支店から退出した。」とあるのを「預金払戻請求書による振込受付書(乙一)を、同様に富士急トラベルからの入金があり次第送金することになっていた日本ユース旅行及びトラベルインへの振込依頼書、それらとは別の振込依頼書、両替や現金払い戻し、通帳記帳に必要な書類と共に同支店の窓口に提出し、番号札を受け取って、他の用事をするためにいったん同支店から退出した。このように必要書類を同支店の窓口に提出し、銀行側の事務処理を待たず番号札をもらっていったん退出し、他の用事をし、午後三時ころに再度同支店に赴いて、銀行が事務処理を済ませた書類を受け取るやりかたは、佐藤が同支店でいつもしていることであった。」と訂正し、同一五頁一〇行目の末尾に「なお、佐藤和子が八十二銀行中野西支店で旅ランド宛の電信扱いの送金を依頼するために提出した預金払戻請求書による振込受付書(乙一)には、余白に「この振込は、受付時間の関係で本日中にお受取人さまにご入金されない場合がございますのでご了承下さい」との印が押捺されているが、この押印は、同支店では午後二時三〇分以降位に受け付けた場合に窓口行員が押捺するものである。」と付加する。

5  原判決一八頁七行目の次に行を改めて、「なお、佐藤和子が午前一〇時過ぎころ、八十二銀行中野西支店で旅ランド宛の電信扱いの送金を依頼する預金払戻請求書による振込受付書(乙一)を提出したことと、同預金払戻請求書による振込受付書(乙一)に、同支店では、午後二時三〇分以降位に受け付けた場合に窓口行員が押捺するものとされている、「この振込は、受付時間の関係で本日中にお受取人さまにご入金されない場合がございますのでご了承下さい」との印が押捺されていることとは、当日は、日曜日と祭日にはさまれた日で、同支店は大変に混雑していた(乙一三)ので、いつも午後三時ころに書類を取りに来ることがわかっている佐藤和子の預けた書類の取り扱いが後へ回されたと考えれば、両立しないものではない。」を付加する。

6  原判決一八頁一一行目の「平成九年四月二八日正午ころであり、」とあるのを「平成九年四月二八日の午前一一時ころから正午ころまでの間であり」と訂正する。

7  原判決二一頁八行目の「制度趣旨」とあるのを「制度の趣旨」と訂正し、同二二頁七行目、同二三頁二行目、同頁六行目に各「債務者対抗要件」とあるのを「債務者に対する対抗要件」と訂正し、同二四頁五行目の次に行を改めて、「控訴人は、当審において、被控訴人が本件債権の準占有者に該当しない旨を種々主張するが、右に述べた理由により採用できない。」を付加する。

8  原判決二四頁一〇行目の「小規模な会社で」とある次に「、会社としての意思決定は被控訴人代表者が行い、佐藤は被控訴人代表者の指示に基づき各種の事務的な作業をしていたもので」を付加し、原判決二五頁五行の「配達前」とあるのを「右封書の配達前」と、同頁六行目の「同日正午の配達の後に」とあるのを「遅くとも同日正午ころまでに右封書が配達された後に」と、同頁七行目から一〇行目にかけての「同日正午ころ配達された本件債権譲渡通知の封入された封書を直ちに開封して通知書を閲読した上被告代表者に速やかに連絡をすべき注意義務が佐藤にあったというのには無理があり」とあるのを「右経過からは、遅くとも同日正午ころまでに配達された本件債権譲渡通知の封入された封書を、間もなく佐藤が自己の判断で又は被控訴人代表者に連絡の上開封して内容を読み、自己の判断で又は被控訴人代表者に連絡して指示を受けて、前記八十二銀行中野西支店に旅ランドへの送金を取り消すよう連絡すれば、旅ランドへの送金を停止できたものと推認されるが、配達された封書が速達書留の内容証明郵便であっても、同日夜には被控訴人代表者が帰社する見込みであるのに、右封書を佐藤が自己の判断で又は被控訴人代表者に連絡の上開封して内容を読み、自己の判断で又は被控訴人代表者に連絡の上指示を受けて、前記八十二銀行中野西支店に旅ランドへの送金を取り消すよう連絡すべき注意義務があったとか、被控訴人代表者が、佐藤にそのような処理をするように日頃から指導監督すべき義務があったとはいうことができず」と、各訂正する。

9  原判決二六頁八行目の末尾に「控訴人が当審で主張する点を考慮しても、被控訴人の旅ランドに対する弁済につき被控訴人が善意無過失であることは左右されるものではない。」と付加する。

二  よって、原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、本件控訴を棄却することとする。

(裁判長裁判官・矢崎秀一、裁判官・西田美昭、裁判官・原田敏章)

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